“ふじのくに”
先人の偉業と先輩が築き上げてきた伝統

 

写真03. 浜松生まれの楽器“鍵盤ハーモニカ”

 ~開発者・鈴木萬司会長インタビュー~



 
  ▲“鍵盤ハーモニカ”1号機


世界的な楽器産業が集積する浜松市。
その浜松にあって、子どもたちの教育用楽器の開発製造の道を拓き、今も現役で活躍を続けているのは、鈴木楽器製作所の創業者・鈴木萬司会長である。
なかでも、浜松で考案し開発された“浜松生まれの楽器・鍵盤ハーモニカ”の誕生にまつわるお話しを、産みの親である鈴木会長に伺った。

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Q1.
鈴木会長の「音楽との出会い」はいつ頃でしょうか?
音楽や楽器に魅了されたきっかけなどありましたら、お聞かせください。

A1.
子どもの頃、夕方になるといつもどこからともなくハーモニカの音が流れてきて、それが夕焼けに本当にマッチしていました。近所のお兄さんがハーモニカを吹いているのを見て、いつか自分もあのように吹いてみたいと思っていました。


(写真:少年時代、左が鈴木会長)

小学校3年生になってようやく自分のハーモニカを手に入れた時は嬉しくて、少しでも暇があれば吹いては、どこへでも持って歩いていたものです。


Q2.
自ら会社をおこして楽器の開発や製造を手掛けたいと考えたのは、いつ頃からですか?
また、創業に至る道のりの中で、期待だけでなく、実際は不安もあったのかもしれませんが、その中で鈴木会長と突き動かしたもの、情熱を駆り立てたものは、何だったのでしょうか?

A2.
私は昭和13年、15歳で当時の河合楽器に入社しました。そこでハーモニカ製造の全工程を経験させてもらいました。その後戦争で海軍に所属。戦争が終わり、昭和20年に再び河合楽器に入社しました。次第にこれまでの経験を活かして、自分の思い描くハーモニカを作りたいと思うようになり、昭和27に河合楽器を退社し、29年に鈴木楽器を設立しました。不安もありましたが、やはりハーモニカが大好きなことと、ものづくりが大好きなことが何にも勝る気持ちでした。


(写真:創業当時のメンバー、右から2番目が鈴木会長)


Q3.
学校で子どもたちが学ぶための教育用の楽器の開発に着目されたのは、どのような経緯からでしょうか?

A3.
昭和33年に、文部省の教材基準で音楽教育にハーモニカが採用されるという好機に恵まれました。そこで教育用のハーモニカを開発し、小学校で使用されるようになっていきました。


(写真:ハーモニカ初期モデル)

小学校の音楽教育は、オルガンの他はハーモニカを使った授業が中心になるわけですが、オルガンは鍵盤学習には最適ですが、当時は児童全員が使うほどの経済的余裕はありませんでした。ハーモニカは全員が持てる楽器なのですが、先生が児童に音階を教えるのに、どの音を吹いているのか見えないため、指導には大変な苦労がありました。そこで、卓上で演奏できる吹奏楽器があれば先生が指導しやすく、児童全員が鍵盤学習できると思いつき、鍵盤ハーモニカ「メロディオン」を開発するにいたりました。


(写真:創業10周年 工場の外観)

Q4.
メロディオンの歴史は50年におよぶと伺っています。
メロディオンをはじめ、教育用の楽器を作る上で、最も大切にされていることは何でしょうか?

A4.
当たり前のことなのですが、音程のしっかりとした美しい音色を持った楽器であることを一番大切にしています。
特にメロディオンは、現在では幼稚園や保育園から導入されていますので、子どもたちが初めて触れる楽器がメロディオンであることを想定した楽器づくりをしています。演奏が楽しいとか、きれいな音だな、と思うことが音楽の興味への第一歩です。そのためにはやはり美しい音色であることが大前提としてあるわけです。
安全であり、丈夫であることも大切です。子どもは思い切り吹いたり叩いたりして演奏を楽しむものです。少々の使い方では壊れないとか、ケガしない、といった安全性は欠かせません。

 
(写真:映画「この群像に栄誉あれ」の一コマより)

Q5.
「メロディオン」という名前に込めた思いなどはありますでしょうか?

A5.
「メロディオン」は「メロディ」と「アコーディオン」からイメージした造語で私がネーミングしました。開発した当初は、まったく知られていない楽器でしたので、覚えてもらいやすく響きの良いネーミングにしたいと色々と考えた末に「メロディオン」となりました。


 (写真:1961年に発売されたメロディオン1号機)


Q6.
鈴木楽器が作る「楽器」を通して、子どもたちに特に感じてほしいことや、伝えたいことはありますでしょうか?

A6.
演奏って楽しいな、と感じてもらうことに尽きると思います。音や音楽を自由に創造し、とにかく演奏を楽しんで欲しいです。


(写真:二人三脚で歩まれてきた会長ご夫妻)


Q7.
今も、鈴木会長を「ものづくり」(開発)にかりたてる源泉となっているものは、何でしょうか?

A7.
私は幼い頃から、これはどういう仕組みになっているのだろうと興味がわくと分解しては中を調べてみるような子どもでした。その頃の思いと変わらないのだと思います。もっとこうしたら良い音になるんじゃないかとか、こんなものがあったら面白いんじゃないかと仕組みを考えたりすることがとにかく好きなんですね。好きであることが一番の源です。




Q8.
浜松は、「楽器の街」から、現在では「音楽の都」を標榜しています。
浜松の未来に期待することなどありましたら、お聞かせください。

A8.
浜松を求めて、日本だけでなく世界中から音楽を愛する人が集まるようになったら面白いですね。楽器を作りたい人だけではなく、演奏家を目指す人や一流の音楽を聴きたい人、そういった人々が集まりながら音楽文化を創造していくような街になったら良いですね。


Q9.
これからの時代を担っていく若い世代へのメッセージを伺いたいと思います。
新たなものを創造していくという「ものづくり」という観点から、これから開発を志す若い世代や、今も開発に携わっている若い世代に期待すること、注文したいこと、特に伝えたいことなどありますでしょうか?

A9.
今の若者は真面目で、言われたこともきちんとできる優秀な人材が多いと思います。良いものを持っているのですから、もっともっと積極的になって良いと思います。失敗もたくさん経験した方がいい。自分が本当に作りたいものに情熱を傾けているうちに周りは付いてくるものです。自分が良いと信じるものを突きつめて欲しいですね。




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♪ 鍵盤ハーモニカ・関連記事リンク ♪

浜松市シティプロモーションブログに鍵盤ハーモニカに関する記事が紹介されています。様々なエピソードが紹介されていますので、ぜひご覧ください。


浜松市シティプロモーションブログ『浜松の元気』
【家康くん日記】より

▼ 浜松で誕生 “鍵盤ハーモニカ”・・知らない側面を紹介するのじゃ①
  記事はこちら → http://hamamatsunogenki.hamazo.tv/e4294613.html

▼ 世界初の鍵盤ハーモニカ、その原点は農家の水揚げ小屋なんじゃ②
  記事はこちら → http://hamamatsunogenki.hamazo.tv/e4297261.html

▼ 鍵盤ハーモニカの普及までには悪戦苦闘があったのじゃ③
  記事はこちら → http://hamamatsunogenki.hamazo.tv/e4301240.html

▼ 鍵盤ハーモニカ工場見学レポートじゃ④
  記事はこちら → http://hamamatsunogenki.hamazo.tv/e4303914.html

▼ 鍵盤ハーモニカ スペシャリスト⑤
  記事はこちら → http://hamamatsunogenki.hamazo.tv/e4303935.html


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[プロフィール]

鈴木 萬司 (すずき まんじ)


1953年、株式会社 鈴木楽器製作所を個人創業し、翌年会社組織に改組して以来、ハーモニカ、鍵盤ハーモニカ(メロディオン)、リコーダー、大正琴などの楽器を開発・生産・販売し、広く音楽文化の普及に貢献し続けている。

《鍵盤ハーモニカ“メロディオン”の発展》
浜松で考案され開発された鍵盤ハーモニカ“メロディオン”は、発売以降、多くの子どもたちと共に成長を続け、様々なモデルが誕生。やがて、子どもの頃に鍵盤ハーモニカを学習した世代の増加とともに、その演奏されるシーンも多様化していった。それに応えられるパフォーマンスも求められるようになり、2000年“メロディオン PRO-37v2”が誕生。プレイヤーの表現を応える楽器として、多くのキーボーディストの演奏表現に影響を与えた。その後、プロ仕様の各種鍵盤ハーモニカも登場し、多彩なアーティストの活動によって、教材というイメージを一変させ、現在も発展を続けている。

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最後に、子どもたちのための楽器の開発・製造に対する多大な功績に敬意を表するともに、会長の益々のご健勝とご活躍を心より祈念いたします。
取材に協力くださった鈴木楽器製作所の皆様、ありがとうございました。

(取材 : 桜木敬太)

Update ; 2013.4.3